連盟の限界と時代的制約 4
3国の間では、この国際機構の性格や任務などのあり方に関する考え方には大きな隔たりがありましたが・・・
この会議以後、設立に向けた精力的な作業が進められることになりました。
国連を創立するための本格的準備は、1944年8月、ワシントンのダンバートン・オークスで開かれた主要国の話合いで行われ、ここで主要な内容を含む提案がまとめられました。
1945年2月にソ連のヤルタで行われた米英ソ3国首脳会談(ヤルタ会談)では、国連の政治・安全保障面での中心的任務を担うことになっている安全保障理事会での投票権の仕組み(とくに大国の拒否権が認められるべき範囲)、ソ連の共和国の国連代表権の扱いなど・・・
残された主要問題について首脳レベルで協議が達成されました。
拒否権の問題は、あとで述べます。
ソ連の共和国の国連代表権という問題は、当時既に米ソ関係が必ずしも円滑ではなく、できるであろう国連でのソ連の劣勢が予想される状況があったことに原因があります。