連盟の限界と時代的制約 4

3国の間では、この国際機構の性格や任務などのあり方に関する考え方には大きな隔たりがありましたが・・・


この会議以後、設立に向けた精力的な作業が進められることになりました。


国連を創立するための本格的準備は、1944年8月、ワシントンのダンバートン・オークスで開かれた主要国の話合いで行われ、ここで主要な内容を含む提案がまとめられました。


1945年2月にソ連のヤルタで行われた米英ソ3国首脳会談(ヤルタ会談)では、国連の政治・安全保障面での中心的任務を担うことになっている安全保障理事会での投票権の仕組み(とくに大国の拒否権が認められるべき範囲)、ソ連の共和国の国連代表権の扱いなど・・・


残された主要問題について首脳レベルで協議が達成されました。


拒否権の問題は、あとで述べます。


ソ連の共和国の国連代表権という問題は、当時既に米ソ関係が必ずしも円滑ではなく、できるであろう国連でのソ連の劣勢が予想される状況があったことに原因があります。

連盟の限界と時代的制約 3

国際連合の活動については、改めて取り上げることとして・・・


ここでは、国際機構史上のこれまでの最終段階をなすものとして、国連の形成と性格について若干の説明をしておきましょう。


第二次世界大戦の最中の1942年1月、ワシントンで連合国宣言が署名され、その中で、よりよい世界を建設するためにこれら諸国が協力する用意があることを明らかにしました。


・・・具体的な計画立案の中心になったのは、アメリカとイギリスでした。


とくにアメリカのハル国務長官は、欧州での戦争が始まった直後からそのための準備作業を始めていました。


国際社会として普遍的な国際機構を設立する決意を明確に表明したのは、1943年10月にモスクワで行われたアメリカ、ソ連、イギリス3力国の外相会議です。

連盟の限界と時代的制約 2

経済的制裁は、本来軍事的手段(同条第2段)と補い合って発動されるものと想定されていました。


・・・ところが現実には、この条文の第一段と第二段との関係については、「経済的措置は義務的、軍事的措置は選択的」というニ者択一のものとする解釈ができてしまいました。


そのため、軍事的手段を背景としない経済制裁という武器そのものまでが無力となってしまったのです。


国際連盟の試みはわずか20年で流産しました。


・・・しかしそのことは、国際機構の存在理由を疑う雰囲気を生むことにはなりませんでした。


むしろアメリカ、イギリスを中心にした連合国の内部では、連盟の失敗から教訓をくみとって、第二次世界大戦後の国際秩序の建設に役立てようという意識が濃厚でした。


具体的には、既に第二次大戦中から、新しく普遍的な国際機構をつくり、連盟に代えようという動きが始まっていたのです。

連盟の限界と時代的制約

国際連盟は、少なくともその公にされた目的からいえば、国際関係において道義が支配する世の中をつくることを目指した最初の試みでした。


しかし、当時の状況(欧州の指導者たちの政治哲学、アメリカの議会などの問題意識)では、権力政治の要素を全く無視してしまうことは、そもそも非現実的でした。


当時の国家のどれ一つをとっても、連盟に対して、限定的にしても国家主権の重大な制限をともなう権力を譲り渡す用意はありませんでした。


ところがその点についての冷静な認識は、とくにウィルソン大統領の場合には決定的に不足していたようです。


その結果、連盟は、肝心な軍事面においては、国際関係の動向に有効な力を発揮することはできませんでした。


規約第}6条は、連盟が国際的に軍事力を組織する可能性を残していました。


・・・しかし、現実にはそうなりませんでした。


課題とリーダーが人を動かす 3

考えるのはおっくうだし、動くのはめんどう。


でもハミルトン カーキなどブランド時計がほしい。


何とかやらないで済ませられないものかと、頭をひねります。


多かれ少なかれ、誰でもがこの両面を持って日々生きているのだと思います。


・・・もちろん私もそうです。


それでいて平気な顔をしていられるのですから、我ながらあきれてしまいます。


「人を道具として」の人間観の下では、人びとの道具カを最大限に引き出す工夫と同時に、その所有者である人間のだめさ加減をいかに抑え込むかに工夫がこらされて、「人びとと仕事とのかかわり合い」の場が構築されてきました。


「人を人として」の人間観の下では、人びとにその人間力を求めるので、もう一方の本性・・・


つまり素晴らしく生きていきたいという自らの願いにいかにアプローチしていくかによって、「人びとと仕事との係わり合い」の場が構築されることになるのです。


課題とリーダーが人を動かす 2

その目に見えないものに、人びとは感動し、共感していくのです。


人びとの魂に語りかけうるものは、リーダーという人聞の心であり、熱い思いです。


企てられた策ではありません。


計算はニの次、三の次に位置します。


そろばん片手に、人びとの心を揺さぶり続けることはできません。


逆な立場で考えればすぐわかることですよね。


いわんや、事務的なつじつま合わせであってはなりません。


人間は、矛盾した本性を持ち合わせて動いています。


素晴らしく、燃えて生きていきたい。


創造的に仕事に挑戦していきたい。


意味のあることをして、社会に貢献したい。


みんなの期待に応えて業績も上げたい。


そう思う一方で、楽をしたい。


時計 ジェイコブなどブランド品がほしい。


他人よりもうまい思いをしたい・・・。

課題とリーダーが人を動かす

人びとが動くのに大きく作用するものは状況です。


それに関連してもう2つ、「課題」と「リーダー」の存在を追加しなければなりません。


・・・いわば、人びとと課題との相互作用、心と心の相互作用です。


挑戦的な課題は、人びとを生々しい状況に直面させ、人びとと状況との相互作用を促進していくことに機能します。


その課題ゆえに、それを達成しようとする途上で、いままでは見えなかった、あるいは新しい状況と出会うからです。


ある精機工機工場における諸活動の課題のことごとくが、これでした。


もちろん、ここでいう課題とは、それが人びとにとって達成したいものになっているものを指しています。


形式的、事務的なものではありません。


リーダーという人間の存在については言うまでもないのですが、人びとと状況との相互作用、課題との相互作用をもたらすのも、けっきょくは、大もとはリーダーなのです。


問題やトラブルが発生する。


あるいは顕在化する。


・・・それへの対応の中に、リーダーという人間の心と、リーダーを通じてその組織集団の文化が現れてきます。

企業の変革、社会の変革 2

第三に、企業のような管理能力はまったく持ってはおらず、マネジメントについてはど素人です。


このような事態に立ち上がった学校運営の責任者の勇気ある動きが、私が知っているだけでも十を数えるくらい報告されています。


それらは例外なく、問題を大きく取り上げて、生徒を中心とした関係者全員の前に、その状況を生々しくさらけ出し、それを共有することを出発点としているのです。


このような、学校再生への出発のありかたは、行き着くところまで行った学校運営の背水の陣から生まれた大技であると思います。


この点、企業が学校運営から学ぶべきところは大きいと思います。


問題がなければ、こちらから起こせばよいでしょう。


問題を起こせとは乱暴な話だと思われるでしょうが、問題が起きるのは、そこにそういう素地があるからであって、そこに点火をするだけのことです。


潜在しているものを顕在化させるだけのことです。


企業の変革、社会の変革

ある中規模の精密機器メーカーの副社長が一昨年くれた年賀状に、


「昨年は"消防"に明け暮れました」


・・・とありました。


トラブルの"火消し"、つまり助けに飛び回っていたという意味です。


この人は人格的にも素晴らしく、また組革研にも関心の深い人だったので、私はてっきり、昨年の"消防"を悔み、"火付け人"への転換を、彼はこの年賀状で語っているのだと受け取っていました。


・・・ところがそれは誤解で、相変わらず"消防"を続けていたらしいことを後で知って心配していたら、昨年の年賀状に、「いま業績が創業以来の最悪です」と書かれており、ご苦労のほどを偲ばせていました。


組革研では、"火付け"がリードの常道になっています。


荒廃する学校の変革も、"火"を大きくすることによって成功しています。


今日の学校運営の大変さは、企業の比ではないと思います。


第一に、最も脱社会現象の激しい層の大勢の子どもたちを抱えています。


第ニに、企業は従業員にお金を払う立場にあり、まだまだ生殺与奪の権を多少は握っていますが、学校の頼みの綱は受験競争だけです。

環境保護は今後どのように展開されるべきか

まず、日本の今までの自然保護に関する法・行政の具体的な制度の、開発や国土計画、地域計画、各種の産業政策などとの対応を、総合的に把握することが必要です。


さらに将来にむかって、現在まですすめられてきている日本の自然環境保全の法的システムや具体的な自然保護行政の成果を、それと相反すると考えられやすかった地域計画・都市計画・自然開発と対比してみる必要があります。


その上で、新しい時代に対応してのまちがいのない自然環境保全の法的・行政的な整備が必要です。


日本はユーロ・シベリア大陸の東端に位置し、北は北海道から南は琉球列島に至るまで南北3000キロメートルの長さにおよび、日本列島は自然環境がきわめて多様です。


そこに生育・生息する植物・動物その集団としての人間の活動も含めた生態系は地球の他のどの地域に比較しても多彩です。


将来にわたって、私たちが、まちがいなく地球の他の地域の人たちとの共存を前提にしながら、限られた国土でより豊かに、より健康的に発展し生きのびてゆくためには・・・


それぞれの地域の実態にそくした新しい自然環境の保全・維持が具体的に計画・実施されなければなりません。


これはいつも創価学会 仏壇など仏具の前でお祈りしています。


首都圏・近畿圏など、人口が一点に過度に集中している日本の現代の社会状態は、生態学的にはアンバランスといわざるを得ません。